手術直後。
麻酔がよく効いて、朝まで寝る子も多い中、
次男は術後30分後には、覚醒したように頭が冴えていました。
「手術室は白かった。麻酔は怖かったけど、看護師さんと話していたら眠ってしまった。今はマジカルバナナがやりたい」と。
ん??
いつもやらないマジカルバナナを、なぜ急にやりたいと言ったのだろう?
と疑問に思いながら、「バナナと言えば黄色」「黄色と言えばレモン」・・・
何往復かしていると、今度は「のどが渇いた。とにかくお茶が飲みたい。お茶が恋しい」。しかし、飲めるのは手術の6時間後から。「あと数時間お茶飲めないね」・・・
そして今度は「手術したところが痛い痛い」。しかし、すでに最大量の麻酔が効いているので、痛み止めが飲めるのは5時間後から。「薬もあと数時間飲めないね」・・・
要望がどんどん押し寄せる、怒涛のような術後、、
意識朦朧としたまま1時間うとうと・・・
痛みで目覚める。
「背中が痛い。足が痛い。動かない。感覚がない。かゆすぎる!」私が足を数センチ動かし、ひたすらさすります。
マジカルバナナをしながら、
痛みに耐えるため、手を握りながら、
足をさすりながら、数時間耐え、
ようやく痛み止めの薬と、お茶が飲める時間に!!!
「お茶は2口飲んだら10分休暇くらいの少量で」と言われ、寝たまま赤ちゃん用のマグマグで給水。「お茶がこんなにおいしいとは!!」と感動する息子でした。
少し落ち着いたようで、1時間睡眠。
おしりがかゆくて目覚める。
「オムツが嫌だ。かゆい。オムツを替えてくれ」これには看護師さんが付き合ってくださって、オムツを交換してもらいました。有難い。。。
次は1時間30分の睡眠。
その後は、痛みやかゆみで起きては寝て、起きては朦朧として寝てを繰り返し、1〜2時間弱の細切れ睡眠。朝まで長かった。。。産後すぐの授乳のための細切れ睡眠を思い出しました。
いろんなことすべてが初めてのこの日。酸素の数値が90台前半まで下がると、アラーム音が鳴るんですよ。その音も恐怖で、、より睡眠が浅くなった夜でした。
〜〜〜
そして、手術の翌日は、さらに術後の痛みが増すことになります。。。
「死にたいほど痛い」と言ったのもこの日。
麻酔科の先生は、「そうかそんなに痛いのか。それなら、モルヒネを倍増して、気持ち悪さとかゆみを抑える薬も足していきましょう」となり、痛み止めの飲み薬も4時間ごとに飲み、薬の量は最大値に。。
「この痛みはいつまで耐えなきゃいけないの?」「なんで4000人に1人になっちゃったの?」「痛み止めが全然効かないんだけど!」「限界」と叫ぶ息子。。モルヒネのせいか「サボテン」や「血」など、意味不明な言葉を言い続ける時間も。夜中には気持ちが悪すぎて、吐き気止めも2倍に増量。いつもの元気な姿があまりに遠い世界で、親として本当に不安になりました。
この日の晩も、5分〜2時間未満の細切れ睡眠。朝が本当に遠かった・・・。親子共々、痛みとの闘いに、疲れ切っていました。
〜〜〜
そして手術の翌々日、モルヒネ倍量にも慣れてきて、常に大騒ぎをするほどではなくなりました。
酸素の吸入は止まって、あとは点滴と尿道カテーテルが繋がった状態です。
ただ、頭を洗うのも、体を拭くのも、着替えるのも激痛。痛みの波が押し寄せると、モルヒネを打つボタンを押す・・・
夕方には少し落ち着いたのか、術後初めて!!ひとさじだけ麻婆豆腐を食べられました!!
例え一口でも、ごはんが食べられるって幸せですね。
快方に向かうのを少しずつ感じつつ、
この日の晩は30分〜2時間40分の細切れ睡眠。
少しずつ睡眠できる時間が延びているのを感じてきました。
赤ちゃんのうちに手術すると、傷口も小さく、比較的すぐケロッと立ち上がるらしいのですが、9歳ともなると傷口も大きく、まったく立ち上がる気配のない3日間。我が息子ながら、本当によく耐えたな、、と思います。